Mitsuyo's diary 〜いしはらのひとりごと〜
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終戦の日に
私の教会に、もう亡くなったんだけどHさんという方がいました。
Hさんは奥様共々お医者さんだったんだけど、私はHさんがお医者さんをしている姿は全く知らなくて、日曜日に教会にいる温和なおじいさん、というイメージしかなかった。
ある時、とある会社のパーティーで演奏して、そこで偶然Hさんに会い、「Hさ〜ん♪」と手を振ってたら、主賓の挨拶でHさんが出て来て、「只今演奏された石原光世さんは私の大変親しい知り合いです。変な意味ではございませんが。」と笑いを取り、その後「H先生のお知り合いですか?」と色々な人に囲まれて初めて、Hさんがかなり有名なお医者さんである事を知った。

そのHさんがある日、私に言った事がある。なぜ私に言ったのかはわからないけど。
「自分は戦時中、軍の命令で離れ島で毒ガスの研究をしていた。それで大勢の人が命を落とした。この十字架は、私が一生背負って行かなければならない。」

その島が「大久野島」という名前という事を、さっきテレビ放送で知った。

ここに、忘備録として記しておこう。
後世にきちんと伝えるために。
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